料理好きな俳優・渡辺早織さんが心に寄り添った手料理を紹介する新連載です。ほろ苦かったり、甘酸っぱかったり、思い出とつながったご飯は何だか忘れられません。明日を頑張るあなたの活力になりますように……。そんな思いを込めた料理エッセーです。
海が見える街に住んでみたい。
朝起きて、特に何をするわけでもなく海岸を散歩して、打ち寄せる波の音に耳を傾けて、砂に足をとられないように注意を払って。
あえて潮風でベタつかせた体をシャワーで流して一日を始めるような、そんな生活に憧れる。
今となっては海の思い出はたくさんあるけれど、海を見るとふと、一人の男の子のことを思い出してしまう。
海の近くの街に住む男の子。
おおらかで優しくて、綺麗（きれい）な瞳をしていたその人は、ある日、私を地元に案内してくれた。
どこまでも続く水平線に並んで、二人でおしゃべりをしながらあるレストランを目指した。
プリンが有名なその店は、海の見える特等席があって、きっとその席でたくさんの幸せな瞬間が生まれたに違いない、そんな素敵なお店だった。
それでいて、周りと比べると明らかに背伸びをしている私たちのような学生も笑顔で迎え入れてくれる寛容さがあった。
「ここのスパゲティが絶品なんだよ」
そう得意げに教えてくれた彼が注文したのは、蟹（かに）のトマトクリームスパゲティ。
頂上には蟹の甲羅が被（かぶ）さっていて、左右からは蟹の爪がキリッと伸びている。
どどんと鎮座したその蟹に私は釘付けになった。
贅沢（ぜいたく）に蟹を2杯使っているという濃厚なソースはあまりにも衝撃的な美味（おい）しさで、感激してその後このお店には何度も通うことになる。
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